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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)11号 判決 1993年2月02日

東京都千代田区丸の内二丁目二番三号

原告

三菱電機株式会社

右代表者代表取締役

志岐守哉

右訴訟代理人弁理士

上田守

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被告

特許庁長官

麻生渡

右指定代理人

左村義弘

野村泰久

奥村寿一

長澤正夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

「特許庁が平成二年審判第一五号事件について平成二年一〇月一一日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文と同旨の判決

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和五四年一一月一四日、名称を「半導体記憶装置」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和五四年特許願第一四九〇五一号)をしたが、平成元年一一月二二日、拒絶査定を受けたので、平成二年一月一七日、審判を請求し、平成二年審判第一五号事件として審理されたが、平成二年一〇月一一日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その 本は、同年一二月一二日、原告に送違された、

二  本願考案の要旨

半導体基板の素子分離絶縁膜で囲まれた素子領域の主表面に設けられた不純物領域と、この不純物領域に隣接する前記主表面に設けられたチヤンネルが形成される領域と、このチヤンネルが形成される領域上で前記主表面に第1の絶縁膜を介して設けられたゲート電極と、このゲート電極の前記不純物領域と反対側に隣り合うようにして前記主表面上に第2の絶縁膜を介して設けられたキヤパシタを構成する導電体又は半導体からなる薄膜層とを備えた半導体記憶装置において、前記第2の絶縁膜と前記半導体基板との間に、前記チヤンネルが形成される領域の、不純物領域に隣接する側と反対側の端部にて前記半導体基板に一端が接続され、前記第2の絶縁膜を介して前記薄膜層に対向して配置された半導体層と、この半導体層下に位置して前記棄子分離絶縁膜に接続され、前記第1の絶縁膜と第2の絶縁膜に比べて厚い少なくとも五〇〇A以上の膜厚を有する第3の絶縁膜とが設けられていることを特徴とする半導体記憶装置(別紙図面一参照)。

三  審決の理由の要点

1  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

2  昭和五四年特許願第七七一七〇号(昭和五六年特許出願公開第一五五九号公報参照)の願書に最初に添付された明細書及び図面(以下「引用例」という。)には、特にその第1図(別紙図面二参照)に関連した説明において、シリコン基板表面に形成されるビツトラインに接続されたドレイン拡散層と、同じく基板表面のチヤンネル領域上に形成されるゲート酸化膜及びゲート電極と、ゲート電極の に形成され多結晶シリコンから成る第2電極と、第2電極と基板との間において、一端が基板に接続され、絶縁膜とフイールド酸化膜の薄い部分とを介して形成される多結晶シリコンから成る第1電極とから成る、α線によるソフトエラーを起し難いようにした一トランジスタ型ダイナミツクRAMセル、が開示されている。なお、引用例には、ゲート酸化膜とフイールド酸化膜の薄い部分とが同一の熱酸化工程により形成されることも開示されている。

3  そこで、本願発明と引用例記載の発明とを対比すると、両者は、「半導体基板の素子分離絶縁膜で囲まれた素子領域の主表面に設けられた不純物領域と、この不純物領域に隣接する前記主表面に設けられたチヤンネルが形成される領域と、このチヤンネルが形成される領域上で前記主表面に第1の絶縁膜を介して設けられたゲート電極と、このゲート電極の前記不純物領域と反対側に隣り合うようにして前記主表面上に第2の絶縁膜を介して設けられたキヤパシタを構成する導電体又は半導体からなる薄膜層とを備えた半導体記憶装置において、前記第2の絶縁膜と前記半導体基板との間に、前記チヤンネルが形成される領域の、不純物領域に隣接する側と反対側の端部にて前記半導体基板に一端が接続され、前記第2の絶縁膜を介して前記薄膜層に対向して配置された半導体層と、この半導体層下に位置して前記素子分離絶縁膜に接続された第3の絶縁膜とが設けられていることを特徴とする半導体記憶装置」という点で共通している。

しかしながら、本願発明が、その第3の絶縁膜の膜厚を、第1の絶縁膜と第2の絶縁膜のそれらより厚い五〇〇A以上とするものであるのに対して、引用例記載の発明における第3の絶縁膜(フイールド酸化膜の薄い部分)は第1の絶縁膜(ゲート酸化膜)と同じ工程で形成されるため、その膜厚は第1の絶縁膜のそれとほぼ同一であると推定されかつ膜厚の開示がない、という点で両者は相違する。

よつて、この相違点について検討する。

先ず、本願発明における第3の絶縁膜の膜厚を、第1の絶縁膜及び第2の絶縁膜の膜厚より大きくする、という点について検討すると、本願の出願書類に添付した明細書(以下「当初明細書」という。)及び図面には、本願発明における第1の絶縁膜及び第2の絶縁膜の製造工程は省略されており、第3の絶縁膜の膜厚を第1の絶縁膜及び第2の絶縁膜のそれらより厚くすることについての事実及びそのことについての説明はそこには何ら記載されていない。そして、このことは、平成二年二月九日付手続補正書において初めてその特許請求の範囲に付加されたものである。請求人(原告)は、審判請求の理由において、引用例における第3の絶縁膜(フイールド酸化膜の簿い部分)がキヤパシタを構成するものであるのに対して、本願発明のそれはキヤパシタを構成するものではなく、α線による影響を防止するものであることを明確にするために前記手続補正書における補正を行つた旨の主張をしており、このことからすると、第3の絶縁膜の膜厚を大きくするという補正はα線の影響を防止するという特徴を表すためのもののようである。しかしながら、第3の絶縁膜によるα線の影響の防止というものは、α線の基板内浸入により発生したマイノリテイキヤリアが基板内を通つてキヤパシタ領域へ直接に移動収集することを防止するために設けられるものであり、その膜厚がたとえ逆に第1の絶縁膜及び第2の絶縁膜のそれらよりも小さくともその目的は達せられるものであるから、第3の絶縁膜の膜厚が第1の絶縁膜及び第2の絶縁膜のそれらより大きいことは、α線の影響を防止するという特徴を表すものである、ということはできない。

これらのことがらを勘案すると、第3の絶縁膜の膜厚を第1の絶縁膜及び第2の絶縁膜のそれらより大きくするということは、本願発明を特徴づける部分である、とすることはできない。

なお、先の「引用例における第3の絶縁膜がキヤパシタを構成するものであるのに対して、本願発明のそれはキヤパシタを構成するものではなくα線の影響を防止するものである」という請求人の主張について付言すると、引用例には「空乏層が存在するのはソース、ドレイン領域12、16の周囲のみであるからα線照射によるソフレエラーは・・・・生じにくくなる。」と記載されているから、引用例における第3の絶縁膜の存在がα線照射の影響を防止する機能をも有することは明らかである。また、本願明細書の六頁一二行ないし一七行には「さらに多結晶シリコン膜7のキヤパシタ部を高濃度のn形に反転させておき、このn形領域をシリコン酸化膜8まで到達せしめれば、このシリコン酸化膜8とp形〈100〉基板6間の容量をメモリ容量として使用でき」と記載されており、この記載からすると本願発明における第3の絶縁膜はキヤパシタを構成することを志向するものであることも明らかである。結局、本願発明における第3の絶縁膜と引用例記載の発明における第3の絶縁膜は、共にα線の影響を防止すると共にキヤパシタを構成する双方の機能を有する、もしくはその方向を志向するものであるということができる。

次に、第3の絶縁膜の膜厚を五〇〇A以上とする、という点について検討すると、引用例において、第3の絶縁膜は第1の絶縁膜と同一工程で形成されると記載されているので、その膜厚は第1の絶縁膜のそれとほぼ同一であると推定される。引用例には、第1及び第3の絶縁膜の膜厚についての開示はないが、ゲート酸化膜の膜厚は当該技術分野において、七〇〇ないし一〇〇〇Aの値は一般的に良く用いられているものである(必要ならは「半導体ハンドブツク」オーム社昭和五二年一一月三〇日発行の四二六頁参照のこと)。したがつて、引用例記載の発明においても、第3の絶縁膜の膜厚は、この程度の値、即ち五〇〇A以上の値が用いられているものというべきである。

以上のことがらを総合勘案すると、前記相違点について、本願発明と引用例記載の発明との間には実質的に差異がないといわざるを得ない。

4  以上のとおりであるから、本願発明は、引用例記載の発明と実質的に同一であり、かつ本願発明の発明者と引用例記載の発明の発明者とが同一であるとも、また、本願発明の出願人と引用例記載の発明の出願人とが同一であるとも認められないので、本願発明は特許法二九条の二の規定により特許を受けることができない。

四  審決の取消事由

審決の本願発明の要旨の認定は認めるが、審決は引用例記載の発明の技術内容の認定を誤つて本願発明と引用例記載の発明との一致点の認定を誤るとともに相違点に対する認定、判断を誤り、もつて本願発明と引用例記載の発明とが同一であると誤つて判断した違法があるので、取り消されるべきである。

1  一致点認定の誤り

審決が認定した本願発明と引用例記載の発明との一致点の認定のうち、両発明の半導体記憶装置において、「半導体層の一端が、チヤンネルが形成される領域の、不純物領域に隣接する反対側の端部にて半導体基板に接続されている」点において共通すると認定した点は誤りである。

審決は、引用例記載の発明の一トランジスタ型ダイナミツクRAMセルの第1電極は、「第2電極と基板との間において、一端が基板に接続されている」と認定しているが、引用例の第1図から明らかなように、第1電極の一端は、ソース領域(16)に接続していて、基板(10)には接続していない。

被告は、引用例には「電極18は一端縁が基板10と接触し、」と記載されていることを理由に、電極18は基板に接続されている旨主張するが、右部分に続く三頁初行ないし三行の記載からみて、引用例記載の発明においては、半導体装置製造の途中工程で電極18は一端縁が基板10と接触するが、その後の熱処理工程によりNソース領域16と連通したN+型の部分に接続されることになり、もはやp型基板10には接続されていないことが明らかである。

審決は、このように引用例記載の発明の技術内容の認定を誤つた結果、前記一致点認定の誤りを犯したものであり、この誤りは審決の結論に影響を及ぼすものであるから、審決は違法として取消しを免れない。

なお、被告は、本願発明のようなワントランジスタ型ダイナミツクメモリ装置と引用例記載のワントランジスタ型ダイナミツクメモリ装置とは単なる均等手段の転換にすぎない旨主張するが、そのような事項は審決において判断されていない事項であり、本件訴訟において主張することは許されないものであるのみならず、それがどうであろうと、審決の前記一致点の認定が誤りであることに変わりはないものである。

2  相違点に対する判断の誤り

審決は、相違点に対する判断において、

(一)本願発明が、第3の絶縁膜の膜厚を第1の絶縁膜及び第2の絶縁膜のそれらより大きくするという点は、本願発明を特徴づける部分ではなく、

(二)本願発明の第3の絶縁膜と引用例記載の発明の第3の絶縁膜は、共にα線の影響を防止すると共にキヤパシタを構成する双方の機能を有する、もしくはその方向を志向するものであるということができる、

(三)引用例記載の発明においても第3の絶縁膜の膜厚は五〇〇A以上の値が用いられている、

と認定し、もつて本願発明と引用例記載の発明との相違点については実質的な差異がないと判断しているが、これらの判断は誤りである。

先ず(一)の判断についていうと、審決は、「第3の絶縁膜の膜厚が第1の絶縁膜及び第2の絶縁膜のそれらよりも小さくともα線の影響を防止するという目的は達せられるものであるから、第3の絶縁膜の膜厚が第1の絶縁膜及び第2の絶縁膜のそれらより大きいことは、α線の影響を防止するという特徴を表すものであるということはできない」ことを理由として挙げている。

しかし、この判断は何の証拠にも基づかないものであつて、誤りである。

この点について、被告は、本願明細書の六頁七行ないし一〇行の記載を援用するが、本願発明は「第1の絶縁膜と第2の絶縁膜に比べて厚い少なくとも五〇〇A以上の膜厚を有する第3の絶縁膜」を設けることを構成要素としているから、第3の絶縁膜の膜厚が第1及び第2の絶縁膜の膜厚より薄く五〇〇A以下の場合にもα線の影響を防止するという効果を奏することができるかどうかは本願明細書の記載から不明であつて、被告の右主張は理由がない。

また、(二)の判断については、審決は、本願明細書の六頁一二行ないし一七行に、「さらに多結晶のシリコン膜7のキヤパシタ部を高濃度のn形に反転させておき、このn形領域をシリコン酸化膜8まで到達せしめれば、このシリコン酸化膜8とp形〈100〉基板6間の容量をメモリ容量として使用でき」ることが記載されていることをその理由として挙げている。

しかし、本願明細書には右のような記載は存在しない。したがつて、その記載があることを理由にした(二)の判断も誤りである。

また、(三)の判断については、審決は、「引用例には、ゲート酸化膜(第3の絶縁膜)とフイールド酸化膜(第1の絶縁膜)とが同一の熱酸化工程により形成される」ことが開示されていると認定し、もつて引用例記載の発明における第3の絶縁膜の膜厚は第1の絶縁膜の膜厚とほぼ同一であると推定されることを理由としている。

しかし、引用例には「このメモリセルの製造は通常の工程に依ることができる。例えばP+層28の拡散を行なつたのちトランジスタおよびキヤパシタ形成部を除く基板全面をブラノツクス法などによりフイールド酸化膜24で覆い、熱酸化してゲート酸化膜(26及び24a等)を形成し、電極18と基板10との接触部に窓開けしたのち多結晶シリコンを被着し、これをパターニングして電極18を作り、トランジスタ部のゲート酸化膜を一旦除去したのち再びこれを形成」すること(四頁下から四行ないし五頁六行)が記載されている。これによれば、フイールド酸化膜の薄い部分24a上に電極18を形成した後にゲート酸化膜を一旦除去してから再びこれを形成するというのであるから、引用例記載の発明において、ゲート酸化膜26とフイールド酸化膜24aとを同一の熱酸化工程により形成しているものでないことは明らかであり、引用例記載の発明において、第3の絶縁膜の膜厚は第1の絶縁膜の膜厚とほぼ同一であると推定される根拠は存在しないものである。

したがつて、右誤つた推定に基づく(三)の判断も誤りである。

審決は、以上の(一)ないし(三)の誤つた判断に基づいて、本願発明と引用例記載の発明との相違点として認定した点は実質的に差異はないと判断したものであり、誤りである。

なお、本願発明において、第3の絶縁膜の膜厚を第1の絶縁膜及び第2の絶縁膜の膜厚より厚い少なくとも五〇〇A以上のものとした技術的意義は次のとおりである。

本願発明においては、コンデンサの一方電極となる半導体層7が半導体基板6に接続されているので、半導体層7、第2の絶縁膜1及び簿膜層2で構成されるコンデンサの他方電極となる薄膜層2が半導体基板7と同電位の点に接続されることはありえない。すなわち、本願発明においては、コンデンサの他方電極である薄膜層2は、半導体基板6の電位とは独立に基板電位以外の任意の電位に設定できることになる。したがつて、電源電圧をVccとした場合、薄膜層2の電位を二分の一Vccとすることができ、半導体層7、第2の絶縁膜1及び薄膜層2で構成されるコンデンサには最大二分の一Vccの電圧が印加される。一方、第3の絶縁膜には最大 Vcc+|基板電位|(半導体基板6に負の基板電位を与えた場合)が印加されるので、絶縁膜の信頼性(寿命)の観点から、第3の絶縁膜8の膜厚を第1の絶縁膜4と第2の絶縁膜1に比べて厚くする必然性がある。

そして、電源電圧一二V、基板電位をマイナス五Vとすると、第3の絶縁膜8に印加される最大電圧は一七Vとなる。これに電源電圧の変動二〇%を考慮すると、最大電圧は二〇・四Vとなる。更に、絶縁膜の信頼性の観点から、第3の絶縁膜8は、この約二倍すなわち四〇Vの電圧に耐えられなければならない。一方、絶縁膜の耐えうる最大電界強度は八MV/cmであるから、絶縁膜としては40/8×106-500A以上の膜厚が必要となるものである。

被告は、乙第四号証にMOSトランジスタのゲート酸化膜の膜厚として七〇〇ないし一五〇〇Aの値が示されていることをもつて、引用例記載の発明の第3の絶縁膜の膜厚が含むことができる値である旨主張するが、乙第四号証に記載されているのはゲート絶縁膜の膜厚のみであつて、引用例記載の発明の第3の絶縁膜の膜厚については何らの記載も示唆もないから、被告の主張は理由がない。

第三  請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一ないし三は認める。

二  同四は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

1  一致点認定の誤りについて

審決は、引用例には、「電極18は一端縁が基板10と接触し」(二頁末行ないし三頁初行)と記載されていることから、引用例には、第2電極と基板との間において、一端が基板に接続された第1電極が開示されている旨認定したものであり、この認定に誤りはない。

そして、審決は、右認定に基づいて「半導体層の一端が半導体基板に接続されている」点において一致すると認定したものである。

厳密にいうと、原告主張のとおり、本願発明においては第1電極の一端は基板のチヤンネルの部分に接続しているのに対し、引用例記載の発明においては第1電極の一端はソース領域(16)に接続しているが、ともに第1電極の一端が基板に接続していることに変わりはないので、審決の右一致点の認定に誤りはない。

右の点を本願発明と引用例記載の発明の相違点として認定することも可能ではあるが、その点は何ら本願発明と引用例記載の発明との同一性を否定する根拠となるものではない。

すなわち、乙第一号証ないし第三号証から明らかなとおり、本願発明のような「第2の絶縁膜を介して前記薄膜層に対向して配置された半導体層」が「前記チヤンネルが形成される領域の、不純物領域に隣接する側と反対側の端部にて前記半導体基板にその一端が接続される」ようなワントランジスタ型ダイナミツクメモリ装置、言い換えるとメモリ作用をするキヤリアが本願発明でいうところのチヤンネル、即ち反転層を通して供給されるタイプのワントランジスタ型ダイナミツクメモリ装置(以下「反転層タイプのメモリ装置」という。)は、引用例記載の発明におけるようなメモリ作用をするキヤリアが半導体基板表面の拡散層を通して供給されるタイプのワントランジスタ型ダイナミツクメモリ装置(以下「拡散層タイプのメモリ装置」という。)と均等的に採用されているものである。

因みに、乙第一号証(昭和五三年特許出願公開第三六四八五号公報)の第2図に示されているものは反転層タイプのメモリ装置であり、第3図に示されているものは拡散層タイプのメモリ装置である。乙第二号証(昭和五三年特許出願公開第六四四八三号公報)の第2図に示されているものは拡散層タイプのメモリ装置であり、第9図に示されているものは反転層タイプのメモリ装置である。乙第三号証(昭和五二年特許出願公開第九八四八六号公報)の第4図(f)に示されているものは反転層タイプのメモリ装置であり、第5図に示されているものは拡散層タイプのメモリ装置である。これらの証拠によれば、拡散層タイプのメモリ装置は、リフレツシユタイムを長くする原因となるリーク電流を少なくできるところに特徴があり、反転層タイプのメモリ装置は、製造時にキヤパシタ部の拡散層を形成する必要がないところに特徴があることが分かる。そして、当該技術分野において、当業者は、ワントランジスタ型ダイナミツクメモリ装置を製造する場合、その特徴に応じて前記のいずれかのタイプを採用することができるものである。

したがつて、引用例記載の発明の拡散層タイプのメモリ装置に対して、本願発明の反転層タイプのメモリ装置は、単なる均等手段の転換にすぎないものであり、第1電極の一端が接続しているのが、本願発明においては蒸板のチヤンネルの部分であるのに対し、引用例記載の発明においては基板のソース領域であるという点は、何ら両発明の同一性を否定する根拠となるものではない。

2  相違点に対する判断の誤りについて

先ず、(一)についてであるが、原告は、本願発明が第3の絶縁有膜の膜厚を第1の絶縁膜及び第2の絶縁膜のそれらより大きくするという部分は本願発明を特徴づける部分ではないとの審決の判断の誤りをいう。

しかし、本願明細書には、「この発明の場合は、N+領域5の方向を除いてメモリキヤパシタが酸化膜(注-第3の絶縁膜8のことをいう。)に囲まれているため遮断されることになり、酸化膜下で発生した電荷の影響はほとんど受けないことがわかる。」(六頁七行ないし一〇行)と記載されている。

このことの意味は、本願明細書のそれまでの記載をも参酌すれば、α線によつて発生した電子・正孔対内の電子(マイノリテイキヤリア)が第3の絶縁膜に遮断されてメモリセルキヤパシタに近づくことができない、ということである。このことから、審決が判断するとおり、「その膜厚がたとえ逆に第1の絶縁膜及び第2の絶縁膜のそれらよりも小さくともその目的は達せられるものであるから、第3の絶縁膜の膜厚が第1の絶縁膜及び第2の絶縁膜のそれらより大きいことは、α線の影響を防止するという特徴を表すものである、ということはできない。」ということになるものである。

(二)については、審決が本願明細書に原告主張の箇所があると認定したことが誤りであることは認める。

しかし、その記載が当初の明細書に記載されていたことは事実であり、それが補正によつて削除されたからといつて、半導体層(多結晶シリコン膜7)と基板との間でキヤパシタを構成させることも可能であるという本願発明の本質が変わるものではない。

また、(三)については、審決の「引用例には、ゲート酸化膜とフイールド酸化膜の薄い部分とが同一の熱酸化工程により形成されることも開示されている。」との認定が誤りであること、したがつて、「引用例において、第3の絶縁膜の膜厚は第1の絶縁膜のそれとほぼ同一であると推定される。」との判断が誤りであることは認める。

しかし、本願明細書においては、本願発明において第3の絶縁膜の膜厚を五〇〇A以上とすることについて、何ら臨界的理由は記載されていない。

また、絶縁膜の膜厚の五〇〇Aという値は、絶縁破壊やピンホールの防止等から最低限の厚さが必要であるという観点からして、当該技術分野における当業者が認識し得る常議的な値である。例えば、審決が引用した「半導体ハンドブツク」(乙第四号証)四二六頁には、ゲート酸化膜の膜厚として七〇〇ないし一五〇〇Aの値が示されている。したがつて、本願発明の第3の絶縁膜の膜厚の五〇〇A以上という値は、引用例記載の発明における第3の絶縁膜が含むことができる値である。

以上のことからすると、審決が、第3の絶縁膜の膜厚を第1の絶縁膜及び範2の絶縁膜のそれらより大きくするということは、本願発明を特徴づける部分ではなく、また、引用例記載の発明においても、第3の絶縁膜の膜厚は五〇〇A以上の値が用いられており、本願発明と引用例記載の発明との相違点については実質的に差異がないと判断したことに誤りはない。

第四  証拠関係

証拠関係は本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

第一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、同二(本願発明の要旨)及び同三(審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。

第二  そこで、原告主張の審決の取消事由について判断する。

一  本願発明の構成等

成立に争いのない甲第二号証(特許願並びに添付の当初明細書及び図面)、第四号証(平成一年七月二四日付手続補正書)及び第五号証(平成二年二月九日付手続補正書)によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について次のような記載があることを認めることができる。

1  技術的課題(目的)

本願発明は、MOSダイナミツクRAMのメモリセルに用いる半導体キヤパシタに関するものである。

従来、MOSダイナミツクRAMはそのメモリセルに一トランジスタ、一キヤパシタ方式が多用されてきた。別紙図面一の第1図(a)は従来のメモリセルの部分的平面図、(b)は(a)のA-A線による断面図である。このメモリセルは通常第1ポリシリコン2に電源電圧を印加し、ゲート酸化膜1直下のチヤンネルとの間のキヤパシタをメモリ素子として使用する。

このようなメモリセルは近年の高集積密度メモリの要求が強くなるにつれてその面積は次第に縮小されてきた。例えば一六KビツトRAMでは四〇〇μm2程度であつたが、六四KビツトRAMにおいては二〇〇μm2程度となつてきている。この縮小によるキヤパシタンスの減少を抑えるためにゲート酸化膜1を薄くするなどの方法がとられてきたが、使用電源電圧の低下などに伴い、必然的に蓄積される電荷が少なくなつてきている。このため、α線がチツプに当たるとシリコン表面で発生する電子・正孔対が拡散してメモリセルに蓄積された電荷と再結合し、メモリ内容を消失させる、いわゆるソフトエラーの問題が顕在化してきた。

本願発明は、右の点にかんがみなされたもので、α線によつて発生した電子あるいは正孔をメモリセルに到達させない手段を設けることにより、α線に強いメモリセルを提供することを技術的課題(目的)とする(当初明細書一頁一四行ないし三頁九行)。

2  構成

本願発明は、前項の技術的課題(目的)を達成するため、その要旨(特許請求の範囲記載)の構成を採用した(平成二年二月九日付手続補正書別紙)。

3  作用効果

本願発明は、キヤパシタを構成する第2の絶縁膜と半導体基板との間に、ゲート電極下でチヤンネルが形成される領域の半導体基板に一端が接続され、第2の絶縁膜を介しキヤパシタの他方電極となる薄膜層に対向して配置された半導体層と、分離絶縁膜に接続された第3の絶縁膜とを設けたので、α線の影響を受けにくいメモリセルを構成することができるので、α線の照射によつてもメモリ内容が消失することがない利点を有する(平成一年七月二四日付手続補正書二頁一四行ないし三頁初行)。

二  一致点認定の誤りについて

原告は、本願発明の第1電極の一端は半導体基板に接続されているのに対し、引用例記載の発明の第1電極の一端はソース領域に接続しているとして、審決か、両発明の半導体記憶装置の半導体層(第1電極)の一端がチヤンネルが形成される領域の、不純物領域に隣接する側と反対側の端部にて半導体基板に接続されている点で共通すると認定した一致点の認定の誤りをいう。

本願発明の第1電極の一端は半導体基板に接続されているのに対し、引用例記載の発明の第1電極の一端はソース領域に接続していることは当事者間に争いがない。

これに対し被告は、審決において、「基板」とは拡散領域を含めた基板全体を意味するものであり、引用例に「電極18は一端縁が基板10と接触し」と記載されていることからしても、引用例記載の発明においても第1電極の一端が基板に接続している旨主張する。

成立に争いのない甲第六号証(引用例)によれば、引用例においては、例えば「第1図は本発明の実施例を示し、10はP型シリコン半導体基板、12はN+ドレイン拡散層(略)16はN+ソース拡散層であつて」(二頁一三行ないし一六行)と記載されており、「基板」と「ソース領域」とは区別して用いられていることが認められる。そして、同号証によれば、引用例には被告指摘の箇所に続いて、「その接触した基板部分は熱処理により電極18からの不純物がドープされてN+となり、ソース領域16と連通する。」(三頁初行ないし三行)と記載されていることが認められるから、被告指摘の箇所でいう「基板」とは、半導体記憶装置として完成する以前の製造中の工程において電極18が「接触」している部位を指しているにすぎず、これをもつて引用例がソース領域をも含めて基板という用語を使用しているとみることはできない。

素材としての半導体基板の所定領域に不純物を拡散してドレイン領域とソース領域とが形成された電界効果トランジスタにおいて、「半導体基板」という用語は、ドレイン領域とソース領域とを含めた素材としての半導体基板全体を指して用いられる場合と、ドレイン領域とソース領域以外の領域(素材として半導体基板がそのまま残存している領域)とを指して用いられる場合があることは技術常議であると認められる。

引用例においては、半導体基板について不純物領域とその余の領域を明確に区別して用いられているのであるから、審決は、引用例の第1図から明らかなとおり、引用例においては第1電極の一端はソース領域に接続している旨を認定し、もつて本願発明との一致点及び相違点を認定し、これに対する判断を明確に示すべきであつたと思われる。

しかるに、審決は、その点を捨象して、引用例記載の発明においても第1電極の一端は「基板」に接続しているものと認定し、もつてその点で両発明は一致する旨認定したことは前記審決の理由の要点から明らかである。

しかし、特許出願に係る発明の同一性について審理するに当たり、その判断手法として、本願発明の要旨と引用例記載の技術内容を認定した上、両者の構成を対比する場合において、両者がその構成において一致するとは、両者の間に構成上の相違が認められても実質的に同一の範疇に屬すると理解されるものを含むのであつて、本願発明と引用例記載の発明との構成上の差異が単なる構成の変更にすぎないときは、その構成については両者は実質的に同一である。

そこで、本願発明においては第1電極の一端が不純物領域に隣接する側と反対側の端部において半導体基板に接続し、引用例記載の発明においては第1電極の一端がソース領域に接続していることの技術的意味について考えてみる。

そもそも、成立に争いのない乙第一号証ないし第三号証によれば、本件出願当時、本願発明や引用例記載の発明のような半導体記憶装置において、基板にソース領域とドレイン領域を設け、その間をチヤンネルとして利用する電界効果トランジスタ(被告主張の拡散層タイプのメモリ装置のもの)も、半導体基板にソース領域を設けず、チヤンネル形成領域をソース領域となるべき領域にまで広げた電界効果トランジスタ(被告主張の反転層タイプのメモリ装置のもの)も、ともに周知のものであり、当業者はこれらを適宜選択して用いていると認められる。

本願発明は、そのうち反転層タイプのメモリ装置(従来例として掲げる別紙図面一第1図)について、α線の影響によるソフトエラーを防止するために、従来例のメモリ装置のゲート酸化膜1と基板6との間に多結晶シリコン膜(半導体層)と素子間を分離するシリコン酸化膜9に がつた第3の絶縁膜を設けたものである。

一方、前掲甲第六号証によれば、引用例には「本発明は、α線によるソフトエラーを起し難いようにした一トランジスタ型ダイナミツクRAMセルに関する。」(一頁下から四行、三行)、「このメモリセルはα線照射によるソフトエラーを起しにくい。即ち、このソフトエラーはα線が基板特に空乏層を照射することにより生じるが、通常の一トラセルが持つMOSキヤパシタは本素子では持たず、代りに電極18と22および18と28からなる平行平板コンデンサを使用している。従つてキヤパシタ部に空乏層は存在せず、空乏層が存在するのはソース、ドレイン領域12、16の周囲のみであるからα線照射によるソフトエラーは可及的に生じにくゝなる。」(四頁二行ないし一一行)と記載されていることが認められる。これによれば、引用例記載の発明は、拡散層タイプのメモリ装置について、α線によるソフトエラーの防止という本願発明と同一の技術的課題(目的)を達成するため、キヤパシタ部に空乏層をなくするよう、通常の一トランジスタ型ランダムアクセスメモリセルが持つMOSキヤパシタではなく、電極18と22及び18と28からなる平行平板型コンデンサを使用したものであることが認められる。

そして、本願発明において第1電極の一端を基板のチヤンネルに接続するようにし、引用例記載の発明において第1電極の一端をソース領域に接続するようにしたのは電界効果トランジスタのタイプ(反転層タイプ、拡散層タイプ)が異なることによるものであり、本願発明では電界効果トランジスタの出力部がチヤンネル領域であり、引用例記載の発明の電界効果トランジスタの出力部がソース領域であるためにすぎない。

前掲甲第二号証、成立に争いのない甲第三号証(昭和六一年二月七日付手続補正書)、前掲甲第四号証及び第五号証によれば、本願明細書には、第1電極の一端が不純物領域ではなく、基板のチヤンネルの部分に接続していることの技術的意義については何ら記載はなく、また、前掲甲第六号証によれば、引用例には、引用例記載の発明において第1電極の一端がソース領域に接続(接触)していることの技術的意義についても何ら記載はないことが認められるが、これは当業者にとつて自明のことであるからである。

以上のことからすると、本願発明において、第1電極の一端が不純物領域に隣接する側と反対側の端部にて半導体基板に接続する構成を採用したのは、その要旨とする半導体記憶装置に基板にソース領域を設けず、チヤンネル形成領域をソース領域となるべき領域にまで広げた電界効果トランジスタ(被告主張の反転層タイプのメモリ装置)を選択したことによるものであり、この電界効果トランジスタと、基板にソース領域とドレイン領域を設けその間をチヤンネルとして利用する引用例記載の発明における電界効果トランジスタ(被告主張の拡散層タイプのメモリ装置)はともに当該技術分野で本件出願当時周知であり、かつ技術的に近似性があるものであつて、そのいずれを選択するかは、当業者が必要に応じ適宜決定できる技術的事項にすぎない。そうであれば、本願発明が採用した前記構成は、単なる均等手段の転換にすぎず、本願発明と引用例記載の発明の前記構成上の差異は、単なる構成の変更というべきであるから、両者はこの構成において実質的に同一である。

なお、原告は、本願発明の前記構成が単なる均等手段の転換にすぎないことは審決の判断しない事項である旨主張するが、対比すべき両発明の構成が一致するとは、両発明の構成が実質的に同一のものを含む以上、これをもつて審決の判断しない事項であるということはできない。

したがつて、本願発明の前記構成については、正確には一応の相違点として摘示した上で引用例記載の発明と実質的に同一であると判断すべきもので、審決の前記一致点の認定は、その理由付けが十分とはいえないものの、結論において正当であつて、誤りはないというべきである。

三  相違点に対する判断の誤り

1  原告は、「第3の絶縁膜の膜厚が第1の絶縁膜及び第2の絶縁膜のそれらより小さくともα線の影響を防止するという目的は達せられるものであるから、第3の絶縁膜の膜厚が第1の絶縁膜及び第2の絶縁膜のそれらより大きいことは、α線の影響を防止するという特徴を表すものであるということはできない」との審決の判断を何の根拠にも基づかないものであるとする。

しかし、前掲甲第二号証ないし甲第五号証によれば、本願明細書には、本願発明が第3の絶縁膜の膜厚を第1の絶縁膜及び第2の絶縁膜の膜厚より大きくしたことの技術的意義については一切記載されていないことが認められる。

そして、前掲甲第二号証によれば、本願明細書には、「α線(略)が照射されるとこのα線のエネルギーにもよるが、シリコン表面が約二五μm以内で約一〇の六乗個の電子・正孔対が発生する。(略)従来のメモリセルではこの電子はキヤパシタンスに収集され、電位を降下させ記憶内容を消失させたが、この発明の場合は、N+領域5の方向を除いてメモリキヤパシタが酸化膜に囲まれているため遮断されることになり、酸化膜下で発生した電荷の影響はほとんど受けないことがわかる。」(五頁一六行ないし六頁一〇行)と記載されていることが認められる。

この記載によれば、本願発明においてα線によるソフトエラーの防止ができるというのは、α線により生じた電子がメモリキヤパシタに収集されることを酸化膜(第3の絶縁膜)が防ぐことによるものと認められる。そうであれば、本願発明においては、第3の絶縁膜の厚みの絶対値が問題となることはあつても、それと第1の絶縁膜及び第2の絶縁膜との相対的な厚みの関係が問題となる余地はないことは自明のことである。

これに対して原告は、本願発明の半導体層7、第2の絶縁膜及び薄膜層2で構成されるコンデンサより第3の絶縁膜8に印加される電圧を大きくする場合、絶縁膜の信頼性(寿命)の観点から、第3の絶縁膜の膜厚を第1の絶縁膜及び第2の絶縁膜の膜厚より厚くする必要がある旨主張するが、前述のことからして、およそ根拠がないというべきである。

以上のことからすると、審決の前記判断に誤りはないというべきである。

次に、本願明細書に「さらに多結晶のシリコン膜7のキヤパシタ部を高濃度のn形に反転させておき、このn形領域をシリコン酸化膜8まで到達せしめれば、このシリコン酸化膜8とp形〈100〉基板6間の容量をメモリ容量として使用でき」ることが記載されているとの審決の認定が誤りであることは当事者間に争いはない(前掲甲第二号証及び第五号証によれば、当初明細書に存した右の記載は平成二年二月九日付手続補正書による補正で削除されたものであることを認めることができる)。

しかし、審決は、右記載事項を、本願発明の第3の絶縁膜がキヤパシタを構成することを志向するものであることの根拠として引用したものであることは、審決の理由の要点から明白であるところ、この点はそもそも本願発明の第3の絶縁膜の膜厚を第1の絶縁膜及び第2の絶縁膜の膜厚より大きくすることの技技的意義が何かの問題とは関係がないものであり、この認定の誤りは、審決の前記判断に何ら影響を及ぼすものではない。

以上のことからすると、審決が本願発明の第3の絶縁膜の膜厚を第1の絶縁膜及び第2の絶縁膜の膜厚より大きくするということは、本願発明を特徴づける部分であるということはできないと判断したことに誤りはないというべきである。

2  また、原告は、引用例記載の発明の第3の絶縁膜の膜厚は五〇〇A以上の値が用いられているとの審決の判断の誤りを主張する。

引用例には、第3の絶縁膜(フイールド酸化膜の薄い部分24a)の厚さについての開示はない。

引用例には第3の絶縁膜と第1の絶縁膜とが同一の熱処理工程により形成されることが開示されており、そのことから、引用例において第3の絶縁膜の膜厚は第1の絶縁膜の膜厚と同一であると推定できるとする審決の認定、判断が誤りであることは被告も認めるところである。

しかし、成立に争いのない乙第四号証の一ないし三によれば、審決が引用した「半導体ハンドブツク」オーム社昭和五二年一一月三〇日発行)には、シリコン基板を用いたMOS FETの製造方法の箇所に「その後、ゲートとなるべき領域のsio2を除去し、改めて七〇〇ないし一五〇〇A程度のsio2膜を成長させる。」(四二六頁右 下から九行ないし七行)と記載されており、ゲート酸化膜の膜厚は七〇〇ないし一五〇〇A程度にすることが通常であることが認められる。

同号証には、ゲート酸化膜(絶縁膜)の膜厚を右の程度とすることの技術的意義は記載されていないが、それがゲート酸化膜の絶縁破壊を防止することにあることは当業者にとつて自明のことであると認められる。

引用例記載の発明の第3の絶縁膜についても、その絶縁破壊を防止する必要がある以上、その膜厚を右の値と掛け離れた値のものとすることは考えられないところであり、特に、その膜厚は五〇〇A以上とすることを排除し、それ未満の膜厚のものでなければならないとは到底考えられない。

前掲甲第二号証ないし第五号証によれば、本願明細書には、本願発明の第3の絶縁膜の膜厚を五〇〇Aとすることの技術的意義についての記載はないことが認められるが、原告は、本訴において、第3の絶縁膜にかかる電圧を考えれば、その信頼性(寿命)の確保のためには五〇〇A以上の膜厚が必要である旨主張している。

そうであれば、本願発明の第3の絶縁膜と引用例記載の発明の第3の絶縁膜とで、それにかかる電圧が特に異なると認めるべき根拠は窺われない(第3の絶縁膜の膜厚を第1及び第2の絶縁膜の膜厚より厚い少なくとも五〇〇A以上のものとした技術的意義についての原告の主張を参酌しても、本願発明における第3の絶縁膜に印加される電圧(電源電圧Vcc又は Vcc+ |基板電位|)と引用例記載の発明における第3の絶縁膜に印加される電圧(コンデンサc1への印加電圧であつて、並列接続されたコンデンサc2への印加電圧に等しい)とには、格別の差違は認められない。)ので、引用例記載の発明の第3の絶縁膜の膜厚も五〇〇A以上のものとすることが必要となるということになる。

以上のことからすると、五〇〇A以上という本願発明の第3の絶縁膜の膜厚の値は、引用例記載の発明の第3の絶縁膜の膜厚の値に含まれるものというべきである。

したがつて、本願発明と引用例記載の発明とで第3の絶縁膜の膜厚について実質的な差異はないとした審決の判断に誤りはない。

四  以上のとおり、審決の認定判断に誤りはなく、審決に原告主張の違法はない。

第三  よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条の規定を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)

別紙図面一

〈省略〉

第2図

〈省略〉

別紙図面二

〈省略〉

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